PICK UP CONTENTS

体験型・交流型の新たなアクティビティを島しょ地域で考える 「REGENERATIVE―未来へつなぐ旅の兆し」ワークショップレポート

「東京」というと、「高層ビルがそびえるビジネスの中心地」というイメージを抱く方が多いかもしれません。けれども、東京の多摩地域や島しょ地域は自然資源や地域資源に恵まれており、それらに根差した土地の歴史、文化が息づいています。そのような魅力を発信するコンテンツとして、地域社会に貢献できるような体験型・交流型のツーリズムが求められています。

 

なかでも、南北1000kmにわたって11の島が点在する東京島しょ地域には東京都民も知らない魅力が満載です。近年、「海」、「火山」、「固有の動植物」といった豊かな自然資源と、旧石器時代から人の往来があったという長い歴史を生かした本質的なアクティビティの需要が高まっていることから、地域の資源を活用した未来志向のツーリズムの可能性を探るワークショップイベントが開催されました。2023年10月28日(土)・29日(日)の2日間に渡って伊豆大島で開催された、「REGENERATIVE―未来へつなぐ旅の兆し」の模様をレポートいたします。

 

 

竹芝桟橋からジェット船に乗り、およそ2時間で伊豆大島へ。

 

ワークショップを企画・運営するのは、東京都の島しょ地域11の島を結ぶ事業や交流を生み出している「TIAM(ティアム)」。島しょ地域で育ち、島の宿泊事業などを手掛けてきた伊藤奨さんと、本土から移住してきたデザイナーの千葉努さんが2022年に伊豆大島で設立した「TIAM」では、土地固有の歴史や文化を掘り下げることで見出した新たな価値を、島内外に向けて発信しています。ワークショップには、島しょ地域での新しいサービスやアクティビティの創発に興味をもつ14名が参加。東京の多摩地域で実際にコミュニティ作りに携わっている方から、群馬県で子ども向けの自然体験事業を運営している事業者、セカンドキャリアとして離島における持続可能なビジネスのありかたを模索する会社員、島好きのツーリストという立場から一歩踏み込むためのきっかけを探しているという方まで、さまざまな立場の方にご参加いただきました。

 

今回のワークショップを企画した「TIAM」の伊藤さん。

 

28日朝、参加者が集合したのは、島内のコワーキングスペース「Izu-Oshima Co-Working Lab WELAGO(ウェラゴ)」。サステナブルを超えた「REGENERATIVE(=再生させる)」をテーマに掲げた今回のワークショップでは、「自然環境や文化資産を再生・活用することでより良い体験・交流を生み出すツーリズムのための、アイデアやコンテンツの創発」を目的としています。初めに、伊藤さんから参加者に向けて3つの目標が挙げられました。ひとつは「島の視察や島民との交流を通じて新たな価値観と出会うこと」。2つ目は「地域資源を生かした取り組みやその背景を学び、その課題解決に島民とともに向き合ってみること」。最後は「地域に自分の足跡を残すこと」。まずはワークショップの趣旨に合わせて制作されたパネルにて、伊豆大島を含む島しょ地域の文化や歴史、各島で展開されている事業者が現在抱えている課題について学ぶところからスタートしました。

 

伊豆大島、三宅島、新島の、それぞれの風土を生かした事業を紹介するパネル。

 

パネルに描かれているのは、伊豆大島、三宅島、新島の3つの島で行われている、各島特有の事業の紹介です。事業者がビジネスを取り組むに至った背景と、現在のビジネスモデルにおいて抱えている課題が記載されており、三宅島では利活用されていない島の食材を積極的に利用する、資源の循環を意識した食堂が、新島では自然の循環の中で行われる製塩業と、塩を主役にした飲食店が代表的なビジネスモデルとして取り上げられています。伊豆大島のパネルでは、「アンコさんと椿の島」「日本ジオパークに認定」「日本で唯一の砂漠(裏砂漠)」という島の特徴が紹介されるとともに、椿の実(殻)を利用した創作活動を行う「KARARA」の事業が掘り下げられています。長く伊豆大島の暮らしに寄り添ってきた椿林ですが、高齢化や人口減少から適正に管理されていない椿林が増えているという課題があります。一方で、これまで活用されず処分されていた椿の実(殻)に着目し、実を使ったワークショップを行い、椿の魅力を引き出す取組はまさに「REGENERATIVE」を実践している取組といえます。

 

パネル展示を使った講話の後は屋外でのランチタイム。参加者同士が交流を図る和やかなひとときです。島の食材をふんだんに使ったお弁当が振舞われました。

 

午後は、地域資源を生かしている事業者の取り組みの視察です。初めに向かったのは、パネルで紹介されていた「KARARA」の工房。こち   らでは事業者の杉本美佳さんの指導のもと、椿の殻を使ったクラフトに挑戦。さらに、工房の近隣にある椿林を歩きながら、「KARARA」の今後の展開や現在の課題についてお話しいただきました。
「結婚をきっかけに、八丈島、三宅島、伊豆大島を転々としたことで、島しょ地域ならではの事業に携わりたいという思いを抱くようになりました。当初は椿油の原料となる実を拾っていましたが、やがて一つひとつ形状や色合いの異なる殻の美しさに目を留めたのです。椿の殻は活用されることなく、朽ちて土に還ったり処分されたりしていましたが、これを有効活用することで、花から実へ、さらに殻へという、1年を通じた椿のストーリーを発信できると考えました。ところが、殻を拾うための下草刈りやカビやすい殻の下処理は想像以上に重労働。私だけでは遠からず立ち行かなくなります。そこで、こうしたプロセスを体験ツーリズムとして整備できないか、みなさんのアイデアをお借りしたいと思ったのです」
参加者からは、「伊豆大島の特産が椿ということは耳にしていたが、島の風土や暮らしと椿の関わり合いを、より深く知ることができた」といった声があがっていました。

 

これまでは廃棄されていたという椿の殻。「KARARA」ではこれらを活用して創作活動を行うほか、殻を使ったクラフト体験を提供しています。

 

「KARARA」の次に赴いたのは、独自の製塩手法を確立した「深層海塩株式会社」の工場です。江戸時代初期、米を作れない伊豆大島では米の代わりに塩を年貢として納めており、製塩は村落ごとに行われる一大産業でした。上納する塩は大変貴重だったため、これを節約するために漬け汁を繰り返し使うなどしていましたが、こうした知恵が「くさや」などの郷土食を生み出したという背景があります。明治時代に始まった塩専売制度により、海水から自然塩を作ることを禁止されてしまいますが、1997年に本制度が廃止され、伊豆大島では塩作りの文化が消えてしまうことを危惧した有志らによって自然塩普及活動が起こりました。

 

「深層海塩株式会社」では、深層地下海水から自然塩を精製するプロセスを視察。

 

自然塩製造の本拠地ともいえる伊豆大島では、現在、3事業者が伝統海塩作りに取り組んでいます。その一つ、「深層海塩株式会社」では地下300mから汲み上げた地下海水を原料に、蒸気の熱で海水を蒸発させて製塩しています。玄武岩の地層で濾過された深層地下海水は細菌が少ないうえに栄養が豊富で、食品のうまみを閉じ込める効果があるといいます。事業者の三間伊織さんに工場内を案内していただきました。
「地下から海水を汲み上げたら、これを太陽の熱と海から吹く風で循環蒸発させてかん水(濃い塩水)を作り、さらに蒸発釜でじっくり煮詰めます。結晶化したら採塩槽で冷まし、塩とニガリを分離させて完成です」
そんな三間さんが抱える課題は、「塩田に関して土地取得のハードルが高く、規模を拡大できないこと。海水に含まれる塩分はわずか3%にすぎず、生産効率の向上を追求しても生産量に限界があること。個性ある塩として小売に力を入れたいが、販路拡大のための営業力が不足していること」。歴史ある産地だからこそ、未来に向けたアイデアや新たな視点が求められているのかもしれません。なお、清浄かつ栄養が豊富な深層地下海水を利用して新たに養殖業をスタートした事業者もいるそうで、視察後の感想では参加者の多くがそうしたビジネスの可能性に触れていました。

 

視察の合間にガイドの神田さんに案内していただいた「地層切断面」。太古からの地層の重なりが、高さ24m×長さ630mという圧倒的なスケールで描かれています。

 

伊豆大島では酪農業も盛んで、かつては「東洋のホルスタイン島」と呼ばれるほどでした。次に訪れた農産物直売所の「ぶらっとハウス」には、大島牛乳の工場と放牧場が併設されており、タイミングが合えば放牧されている乳牛たちを間近で見ることができます。ここは、伊豆大島ジオパーク認定ガイドとして活動する神田遼さんに案内していただきました。
「年貢として塩を上納していたときから、島内では塩を運ぶための足として牛が活躍していました。その後、年貢が税金へ変わったことを受け、安定的に現金を得るために酪農に力を入れるようになったのです。気候が温暖なので牛たちが食べる青草に事欠かなかったこともあり、昭和初期までには全国有数の酪農地として知られるようになりました。一時期は1200頭の乳牛を飼育していたそうです」

 

「ぶらっとハウス」では「大島牛乳」を使ったアイスクリームを試食。

 

その後、戦争を経て酪農は下火となり、大手メーカーとの価格競争などもあり、島内の乳牛は1/20以下にまで減少してしまいます。
「そうした中で生き残ったのが『大島牛乳』です。学校の給食や牛乳煎餅の材料として利用され、ほとんどが島内で消費されています。牛乳の味わいを守るために75℃で20分という低温殺菌にこだわっているのですが、そのために消費期限が短くなり、島外に出すことができないという事情もあります」
その後、参加者たちは「大島牛乳」で作られたアイスクリームを試食。品質の保持と持続可能な流通という相反する課題の解決は、一朝一夕ではいかないことを痛感したようです。

 

視察を通じて感じたことや得られた気づきを参加者同士でシェアするアイデアトーク。

 

島内の事業者の視察を終えた後は、参加者によるアイデアトークが行われました。3つの主要産業を視察して気になったことやそれぞれが感じた印象、そこで得られた気づきや発見を互いにシェアするというものです。
「事業や特産物の裏側に素敵なストーリーがたくさんあるのに、島を訪れる人に伝わっていない」
「インバウンドと産業を結びつける取り組みはできないものか?」
「販路の開拓にご苦労されているようだが、そこには島外の人が活躍できる余地があるかもしれない」
といったコメントが寄せられました。

終盤に、翌日に実施されるアウトプットワークショップの講師を務める丸山幸伸先生(武蔵野美術大学造形構想学部教授)から、ワークショップのための宿題が与えられ、初日のスケジュールが終了しました。

 

ワークショップの会場となった「Izu-Oshima Co-Working Lab WELAGO」。

 

2日目。再び「Izu-Oshima Co-Working Lab WELAGO」に集まった参加者は、3つのグループに分かれて事業アイデア創発の課題に臨みます。まずは昨晩の宿題の発表から。丸山先生から課せられた宿題は、「視察の結果を踏まえ、伊豆大島の主要産業の課題解決に貢献するサービスとそのコンセプト、企画の背景をアイデアシートにまとめること。その際に、一言でサービス内容が伝わる名称をつけ、サービスの内容をラフスケッチに起こす」というものでした。

 

参加者のアイデアシートをホワイトボードに掲示し、グループ別のディスカッションがスタート。

 

グループ内でそれぞれのアイデアシートの内容を発表した後、ディスカッションの対象とするアイデアを一つに絞ります。「椿林の手入れを含めたシェアハウスサービス」「下草刈りから椿油絞りまでの作業を体験できる、椿の木オーナーサービス」などユニークなアイデアが飛び出す中、各グループからそれぞれのアウトプットの核となるサービス――「“島は人を癒す”、デジタルデトックスサービス」、推し活と椿をかけ、椿のサポーターとしてその活用・発信・普及を目指す「オシカツバキサービス」「船旅時間をもっと活用しようサービス」――が出揃いました。

 

アイデアを視覚化することで創造的なディスカッションを促す「Business Origami®︎」。

 

ここからは株式会社日立製作所 研究開発グループが開発した「Business Origami®︎」というツールを用いてそれぞれの事業アイデアを深めていきます。「Business Origami®︎」は新しいサービスの全体像をデザインするために開発された、紙製のカード型ツールです。カードを折り曲げることで人型や建物、乗り物、デジタルデバイスなどの模型に仕立てることができます。カードには書き込み用のスペースが設けられていて、ここに具体的な事業に係る人物や場所の名称を書き入れます。これらの模型をホワイトボードシートに並べてステークホルダーごとにグルーピングし、さらにステークホルダー同士の関係性やそれぞれの提供価値を書き込んでいくと、サービス全体の流れが可視化され、ビジネス課題の発見・共有に役立つのです。

 

「Business Origami®︎」を使ったアウトプット・ワークショップの様子。

 

ワークショップの講師を務めたのは、「Business Origami®︎」開発を主導した丸山先生(中央)。

 

人型のカードに、各サービスに登場する主役と関係者を書き出したら、サービスにまつわる施設や組織、企業を洗い出し、新たにカードに書き入れてグルーピング。関係者同士が互いに利益をもたらすものになるよう、サービスの内容を調整していきます。

 

デジタルデトックスのサービスをまとめたグループ。

 

およそ1時間半の作業ののち、各グループの最終的なアイデアが発表されました。デジタルデトックスサービスを取り上げるグループは、デトックスに価値を見出してくれる層として、慢性的に疲れている子育て世代と時間的・経済的余裕のあるリタイアしたシニア世代をターゲットに定め、デトックス・癒しを目的としたコンテンツを担う会社を島民が設立するというプランをまとめました。“都心からアクセスのいい非日常”という伊豆大島のロケーションを生かし、島の自然食や塩水フローティング、ヨガなどのアクティビティ、サウナなどをカスタマイズしてデトックスや癒しを目的としたツアーを提供するという事業です。
(丸山先生の講評)「大手企業との提携も見据えて島にお金が落ちる仕組みを整備すると、より現実感のある事業アイデアとなるでしょう」

 

こちらのグループは、「椿まつり」を活用して椿サポーターを増やすサービスを発表。

 

椿にフォーカスしたグループは、椿をきっかけにツーリストが島との絆を深められる施策を考案しました。たとえば、島で実施されている「椿まつり」を活用してエンゲージメントを高め、「椿まつり」に訪れるツーリストに椿林の下払い・実の採集体験などを観光コンテンツとして提供します。こうした体験を通じて島の主要産業としての椿の認知拡大を図るとともに、島の事業者は観光収入を得、ツーリストはより充実した島時間を過ごせるというものです。
(丸山先生の講評)「伊豆大島だけでなく、他の島でも同様のサービスをパッケージとして提供すると、ビジネスの横展開が可能になりそう。また、現状では年に一回実施されている椿まつりを、複数回実施できるようにするなど、頻度について考えられるといいですね」

 

島民の知見と船旅時間を結びつけ、地元発信のコンテンツを船で展開するサービスを考案。

 

本土から島へ渡るための船旅時間を活用するアイデアをまとめたグループは、船旅の時間を貴重な発信の機会と捉え、ツーリストに対する最初のタッチポイントとして活用する案をまとめました。具体的には、島内のレンタカーやレンタサイクル事業者が島民に協力をあおぎ、島民のネットワークや地元ならではの情報をベースに、ツーリスト向けの観光コンテンツを作成。船旅時間にそれらをツーリストにアピールし、観光収入の増大を図ります。収入の一部をレンタカーやレンタサイクル利用料の割引といったインセンティブとして島民に支払うので、地域全体で利益を享受することが可能です。
(丸山先生の講評)「実際に船で行われていることをベースにしているのでリアリティがありました。島民がレンタカーやレンタサイクルを利用するとは思えませんから、島民に対するインセンティブをどうするのか。そのペイメントにまつわるコンテンツが必要でしょう」

 

14名の参加者からさまざまなアイデアが飛び出しました。

 

トータル2時間半というワークショップでは、さまざまなキャリア、価値観をもつ参加者が一つのテーブルを囲んで議論を重ねました。こうした時間をもつことで、前日視察を行った島内事業を別の視点から捉えることができたり、島内にある人や自然、文化等の資源を再認識することができたり、また、そこから社会や地域に資本を還元できるような未来のツーリズムの可能性を具体的にイメージできたりと、それぞれが思考を深めたようです。最後に、2日間のインプレッションや成果を参加者に伺ってみました。

 

「これまでのキャリアやスキルを生かしたセカンドキャリアを模索しているところですが、島で事業を行っている方々のリアルな現状を伺える機会は大変貴重だったと感じています。仕事柄、マーケティングの視点を持っているとは思いますが、都会ものの独りよがりではなく、真に島のためになるアイデアを考えるには、“よそもの”の目をもちつつもリアルな情報に耳を傾けることが大切だと実感しました。さらに知見を深め、体験を通じてローカルとの関わりを作っていけるような事業に携わっていきたいと思っています」

 

「自分が思っている以上に島しょ地域のことを知らない――。島の事業者が抱える課題を見聞きすることで、そう実感することができました。私は多摩地域で地域コミュニティや企業の新事業開発に携わっていますが、東京の島しょ地域と多摩地域は23区外ということでひとくくりにされることが多いにも関わらず、まったく交流がないという課題にも気づくことができました。島でなにかをやりたいという思いを抱いていましたが、これをきっかけに島しょ地域と多摩地域の交流を促してみたいと思っています。こうした交流を起点に新しいビジネスの可能性が開けるかもしれません」

 

「1泊2日で収まる内容ではなかったので、個人的にはもう1日いただいて、アウトプットのディスカッションにもっと時間をかけたかった。ワークショップ全体についても、2日間で終わり、ではなく、今後も継続的に島と関わり続けられる仕組みがあるとさらに有意義なものになるのではないでしょうか」

 

有意義な2日間を過ごした参加者のみなさん。

 

異なる価値観、視点をもつ14人が、島の事業者との交流で得られた気づきや、豊かな自然がもたらしたインスピレーションで、未来のツーリズムにまつわるたくさんのアイデアを磨き上げてくれました。ここから島しょ地域の未来を担う新しいサービスやアクティビティが生まれるかもしれません。

 

Text:Ryoko Kuraishi
Photo:Taro Ikeda

 

▼TIAMの取組についての記事はこちら
島しょをつなぎ、未来へつなぐ。 島を超えて化学反応を生み出すTIAMの挑戦

他の記事を読む