
「多摩の観光は次のステージへ」 東京都の多摩地域における山間部・市街地を結ぶ 広域連携の可能性を探るフォーラムレポート
2024年12月6日、東京の西側に位置する多摩地域の山間部・市街地を結ぶ広域連携フォーラム「多摩の観光は次のステージへ」がコワーキングスペース「me:rise立川(ミライズタチカワ)」にて開催されました。物見遊山的な観光に対して、地域の資源を活用した新たな体験型・交流型の観光を多摩地域から生み出していく機運が高まっています。そこで本フォーラムでは、多摩地域の山間部と市街地の事業者が連携しながら、地域の豊かな自然資源を活用し、多摩の観光を次のステージへと進めるためのヒントを探っていきます。
前半のゲストによるクロストークでは、多摩地域の現在地や、少し先の未来に目を向けていくためのヒントが示されました。続く後半のダイアローグでは、参加者同士の闊達な意見交換が行われました。休憩時間中もディスカッションが絶えず、熱気で溢れていたフォーラムの模様をレポートします。

参加したのは、多摩地域の山間部と市街地で事業を行う約50名
多摩地域の現状を見つめ、少し先の未来を考える
前半のクロストークにお迎えしたゲストの一人目は、多摩大学経営情報学部の松本祐一教授。企業、行政、NPOの事業構想支援を通じて、セクターを越えた「協創」をコーディネートするとともに、カフェの運営や商品開発に学生と取り組むことで、多摩地域を盛り上げています。
二人目は株式会社ヤマップ 共創推進事業本部 アウトドア事業開発部 部長の大土洋史さん。山と麓のまちをつなぐ自然観光や、E-BIKEを活用した新たな周遊促進などの事業開発の他、直近では環境保護と資源利用の循環を実現すべく、年間30〜40の国・自治体・企業と連携した取り組みを実施しています。
また、フォーラム全体のファシリテーターには、株式会社自然教育研究センターの多摩地域エリアマネージャーとして、自然体験プログラムやビジターセンターの運営計画づくりに取り組む村上友和さんを迎えました。
健全な危機感を持ち、地域の可能性に目を向ける

多摩大学 経営情報学部 教授の松本祐一さん
松本教授からは、多摩地域で事業を行う上での「強み」が明らかにされました。人口約428万人、5年間の人口増減率+1.8%の多摩地域は、全国的に人口減少の傾向が続く中で、活気ある地域であるといえます。また、その周辺地域まで含めると、マーケットは約3,900万人と、高いポテンシャルを誇っており、広域的なビジネスチャンスがあると考えられます(参考:令和2年度国勢調査)。一方、少し先の未来を考える上では、市町村ごとの人口推計や新規事業所の割合以外にも着目すべき点があることが、データを用いて説明されました。
例えば、多摩地域の新規事業所の割合は、1位武蔵野市、2位立川市、3位多摩市がランクインしますが、事業所の総数では八王子市、町田市、武蔵野市、立川市、府中市が上位にきています。また、廃業率を見ると、立川市が1位という結果に。こういったデータや数字を細かくみることで、地域の全体像を掴み、事業の新しい可能性に気づけるのだということを、松本教授は伝えていきました。
また、人口減少や高齢化を数字で捉えていくと、「このままではまずい」と危機感を覚え、無力感が湧いたり、誰かのせいにしたくなったりしてしまうことも。松本教授は、課題の中に、何か可能性を見出し、一人一人の主体的な行動へと繋げていく「健全な危機感」こそが、重要だと考えます。
「『健全な危機感』になることで状況が自分ごとになり、課題を乗り越えるための方法や、可能性を探す姿勢へと変わっていきます。ぜひみなさんには、健全な危機感を持って多摩地域に目を向け、足元を見ながらも、未来志向で事業に取り組んでいただけるといいのではないかなと思っています」(松本教授)
続いて、大土さんからは、株式会社ヤマップ(以下、ヤマップ)の取り組みを事例に、都市と自然の連携可能性が示されました。ヤマップは、電波の届かない山の中でも現在地がわかる登山GPSアプリ「YAMAP」を提供する会社。2024年11月時点でアプリのダウンロード数は470万を越え、約650万人といわれる登山人口のうち、2〜3人に1人は「YAMAP」を利用しているということになります。

株式会社ヤマップ 共創推進事業本部 アウトドア事業開発部 部長の大土洋史さん
登山者というと、下山後にはすぐに帰ってしまい、近隣の街であまりお金を使わないイメージがある方もいるのではないでしょうか。そこでヤマップでは、ユーザー1〜2万人を対象にアンケートを取り、登山者が地域経済にも貢献していることを明らかにしました。
「何回かアンケートをとってみたのですが、毎回80%以上の方が近隣の街で食事や温泉やお土産にお金を使ってるという結果が出ました。地域によっても変わりますが、地域内の移動だったとしても4,000円程度は使っているようです。それと同時に、登山者からは『おすすめの場所がわからない』といった意見も出ていて、ヤマップではそういった人に向けて情報発信にも取り組んでいます」(大土さん)
御嶽山や雲取山など、多摩地域には登山者に人気の山がいくつもあります。一方、立川などの市街地には飲食店やアウトドアショップがあることから、多摩地域の市街地と山間部が「登山」をフックに連携することで相乗効果が生まれる可能性が見えてきました。
今ある事業と、自然資源を活用した観光を結びつけるには
ヤマップにおいて開催している「湿原保護活動ツアー」は、短期的な成果が見えにくく、人もお金も集まりにくい傾向にある環境保全の文脈に、関係人口の考え方を取り入れていった事例です。ツアーでは、登山者と地域とをつなぎ、保全活動は勿論、地域の食や文化について学んだり、『この地域に自分たちがどのように関われるか』といったテーマで話し合ったりする時間もあり、単なる観光ではない、より深く地域に関わることができる機会を創り出してきたのだそうです。
「お金を払ってまで保全活動に参加する人がいるのか」という予想を裏切り、定員10名の募集枠には、50名以上の申し込みがあったのだそうです。また、一度イベントに参加した方が、自分が直した登山道の様子を見るために再び地域を訪れるような動きも生まれており、自然を愛する登山者や、地域との関わりを持ちたい人とつながることで、人に来てもらう仕組みがつくれる可能性があることが示されました。
ここで松本教授から、「消費者の中にあるストーリーに焦点をあてることが重要」と補足がありました。
「一人の消費者の中では、それぞれの地域はストーリーとしてつながっているはずです。山登りから帰ってきて、温泉に入って、立川でおいしいものを食べようと考える。そんなときに、登山の格好をしていても温かく迎えてくれるお店があったら、その1日が幸せなものになりますよね。そんなストーリーを我々事業者がどれだけサポートできるか、どれだけ想像力を持てるかということが、観光という世界では大切だと思います」(松本教授)
「観光と関わりのない事業者とも連携するには?」
ここまでのクロストークを経て、質疑応答の時間が設けられました。今回のフォーラムは「自然」や「観光」がテーマになっていますが、ある参加者からは「地域にはいろいろな事業者がいて、観光客をあまり歓迎していない方もいるのでは?」という質問が出ました。
例えば、地元の飲食店の方々が、必ずしも観光客を意識し、自らを観光事業者と思っているとは限らないという実態があります。さらには、観光で訪れる方の中にも、静かな場所がいいという人もいれば、賑わいがある方がいいという人もいるのです。そのジレンマを解決していくためには、「うちの地域はこれを大事にしています」と伝えていくことが重要だと、松本教授は語ります。「奥の細道」を由来として「奥多摩」という観光コンセプトを掲げてきた多摩エリアで、事業者だけでなく、行政をも巻き込みながら、地域を打ち出していくことで、ディスティネーションとしての魅力が高まっていくのです。
一方、大土さんからは、「一見観光とは関わりのない事業者の方をどのように巻き込むのか」という視点をもつことも必要であることが語られました。ヤマップで開催する保全ツアーの一貫として、田植えや稲刈りを行うことで、一過性の関係性ではなく、参加者が毎年お米農家からお米を買うようになるという好循環が生まれたのだそうです。観光という括りの中で、自分たちの産業を紐づけながら、ファンを増やしていく好循環を生むことで、人と地域との持続的な関係が育まれていく活路が見出されました。
「地域の課題を自分ごとにするには?」
また、「多摩地域の課題は?」という質問に対し、大土さんは、「山間部と市街地が、それぞれの商圏内のユーザーとコミュニケーションをとっているだけではもったいないと思う」と実感を込めて答えました。
「これだけたくさんの飲食店や商業施設のある地域と、魅力的な山がある地域が近い場所は珍しいです。市街地の方からすると山間地域はポテンシャルを感じると思いますし、逆も然りですよね。ただ、地域の資源である山間部の豊かな自然環境ですが、先ほどお話ししたように保全活動は人もお金も集まりにくく、地元だけで維持するのは今後どんどん難しくなっていくと思います。観光資源を守っていくという意味でも、半年や一年に1回でも来てくれるファンを増やしていくことが、あらゆる地域で重要になってくるのではないでしょうか」(大土さん)
一方、10年ほど前から学生とともに奥多摩町でゼミの活動をしてきた松本教授は、地域と関わりはじめて最初の頃に、物事を「自分ごと」にする意識転換の重要性に気づいたそうです。
「ゼミで奥多摩町に入ったときに、奥多摩を活性化させるためのアイデアを学生からまちの人たちに発表してもらいました。そこである町民の方が、『ところで君は奥多摩に住みたいと思うか』と学生に聞いたんですね。そしたら『住みたくないです』と答えていて、これではダメだなと思いました。つまり、外側からはどうとでも言えるのですが、自分ごとになるとガラッと変わる部分があると気づいたんです」(松本教授)
その出来事を経て、外からではなく、実際に地域の中に入って町民の方たちと一緒に活動するようになったのだそうです。
「物事を自分ごとにするという、その意識転換がどうしたら起きるのか。答えはまだ出せていませんが、関わり続けるしかないのかなと思っています。ただ、大学のゼミを卒業した子たちがいつの間にか奥多摩に遊びに行っているのを見ると、少しずつうまくいきはじめている実感もあります。学生にとって魅力的な人たちが奥多摩にはたくさんいて、今まで出会わなかった人たちとつながれることが、彼らにとって新しい体験になっているようです。もしかしたら、新しい人との出会いも一種の観光の形なのかもしれませんね」(松本教授)
山間部と市街地の資源を発見し合い、「関わりしろ」を探るダイアローグ
山間部と市街地の事業者が、多摩地域の資源を発見しあったり、お互いの「関わりしろ」を見出し合ったりするダイアローグは、グループに分かれて実施されました。円形のパネルを囲みながら、話し合ったことや気づいたことを書くことで、参加者同士が目線合わせをすることができ、対話が深まっていきました。

グループに分かれる参加者。各グループにはファシリテーターがおり、ダイアローグを進行する

コミュニケーションツール「えんたくん」には、グループ内で話したことや、気づいたことを書いていく

お互いのワークシートを見せながら対話する参加者
山間部では山や水源などのほか、歴史や文化が地域資源として挙げられた一方で、市街地では飲食店や宿泊施設の豊富さが挙げられました。また、自然と共生できる地域であるということや、若いファミリー層が増えていることが、多摩エリアの強みではないかということが議論されるなど、さまざまな業種や年代の方が混ざり合って話をすることで、独力では発見できなかった地域のポテンシャルが次々に浮かび上がっていきました。

ダイアローグパートでは、どのグループも盛り上がりを見せていた

ドローン×ジビエのアイデアを発案したグループ
グループごとの話し合いの成果をシェアする時間では、自然とテクノロジーを組み合わせていくことで、ジビエ食材を盛り上げていきたいというトピックが立てられました。奥多摩地域では鹿や猪などのジビエ食材が注目されてきたものの、渓谷という地理条件を鑑みると、山から解体所までの積み下ろしの導線が、ハードルとなっていました。一方、御岳山でドローンによる物流の実証実験が行われていることからも、将来的に、それを応用していくことで、活路を見出せるのではないかという展望が語られたのです。

こちらのグループは、山間部と市街地の共同ツアーについて話す
市街地と山間部がお互いにどんなことを望んでいるかを出し合ったというグループからは、共同ツアーの実施をするというトピックが立てられました。ラフティングで多摩川を下るまでは山間部のガイドが案内し、その後、市街地のガイドが魅力的な飲食店が多い立川のお店を案内することで、相乗的に魅力を発揮しながら、PRしていくことが検討されました。
その他、「山間部では邪魔者扱いされている“夜になると出てくる動物”を観察するナイトサファリ」といったトピックも立てられ、ある人や地域にとってはネガティブなものでも、異なる視点が加わることでポジティブなものに捉え直すことができるのではというユニークな視点を共有していきました。
一方、山間部から市街地に来てもらう仕組みだけでなく、その逆をどうつくっていけるかが課題ではないかとして、「山間部から市街地に来てもらう仕組みはつくれそうだが、その逆が課題だと感じている」という声があがり、「山側の食材を持って立川のマルシェに出店した際、その場で買って終わりになってしまうケースが多い。山側に訪れてもらうことを目的にしたときに、どうインパクトを残していくのか、引き続きディスカッションしていきたい」という、意見が上がりました。
また、「市街地で働いているが、多摩地域には“水”という資源があることを初めて知った」「他県から立川に転入して約1年、ガイドブックを読んでもなかなか動き出せず、地域のことを知らないまま過ごしてしまっていた」という感想も。まずは現在地を知ることが、向かいたい未来への道筋を描く第一歩となることを参加者が実感していく中で、松本教授からまとめの言葉をいただきました。
「今日は『関わりしろ』がキーワードになっていますが、みなさんの発表を聞いていて、それが何を指すのかが見えてきたように思います」(松本教授)
「関わりしろ」は、異質なもの同士が歩み寄ることで生まれる部分なのではないか、と松本教授は説明します。それは山間部や市街地といった地域の違いかもしれないし、ジビエとドローンの組み合わせや、何かを見たときに「邪魔」と捉えるか「面白い」と捉えるかという、物事の見方を指す場合もあるかもしれません。

「関わりしろ」のイメージを描いて説明する松本教授
「異質なものが歩み寄ったときに、もしかしたら対立が起こったり、『よくわからない』と遠ざけたりしてしまうこともあると思います。ですが、今日みなさんにやっていただいたことは、その歩み寄りの中から新しいものを生み出していこうとする営みだったのではないでしょうか。参加者のみなさんは、自分の事業のためという目的もあると思いますが、多摩地域を良くしたいという想いはおそらく共通しているんですよね。大きな目的やビジョンを共有しているからこそ、関わりしろの部分が活きるのではないか。それが今日の私の見解です。異質なもの同士が一緒になって、多摩地域の良さをあらためて見出していく。そんなコミュニケーションをこれからも続けていただくことで、多摩地域の自然資源を活かした観光を次のステージへ進めるための動きが生まれていくのだと思います」(松本教授)

熱い時間を共に過ごしたゲストと参加者のみなさん
同じ「多摩地域」であっても、日常生活の中では山間部と市街地のつながりを感じることも少ないかもしれません。今回のフォーラムでは、さまざまな人が「多摩地域」という同じ舞台に上がることで、普段より少し広く、高い視点から地域や事業のことを考えるきっかけにつながったようです。
令和6年度新たなツーリズム開発支援事業
山間部・市街地を結ぶ 広域連携フォーラム 「多摩の観光は次のステージへ」
東京都/公益財団法人東京観光財団 主催
一般社団法人立川コンベンション協会 協力 多摩信用金庫 後援
TOPPAN株式会社/株式会社グッドライフ多摩 企画協力
Text:Mai Kuroiwa
Photo:Yoshiaki Hirokawa
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