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「暮らす・働く・遊ぶ」を体現する「高尾ビール」に聞く、高尾エリアでととのう過ごし方

世界屈指の大都市・東京には、世界一の山があるのをご存じでしょうか。新宿から登山口まで電車で54分。八王子市の端に位置する「高尾山」です。年間登山者数は300万人以上、世界一登山客が多い山とされ、国内外問わず多くのハイカーや観光客が訪れています。

 

そんな多摩随一の観光地のふもと、八王子市高尾エリアに、新宿区から引っ越しをしてきた池田周平さん。移住がきっかけで、勤めていた会社を辞め、趣味で楽しんでいたクラフトビール造りを生業に。大好きな山の近くで、遊びと仕事に没頭するようになります。

 

 

高尾エリアに暮らし、遊び、地域密着でクラフトビール醸造所を営む「高尾ビール」の池田周平さんに、移住のきっかけや、「次の休日にビールを携えてお出かけしたくなる」高尾エリアでのおすすめの過ごし方を教えていただきました。高尾山だけじゃない、自然と触れ合える穴場スポットをご紹介します。

 

高尾ビールは「原材料へのリスペクト」を掲げ、つくり手の顔がわかる周辺地域の原材料を多く使用しています。

 

「日々の暮らし」と「趣味の山遊び」が融合する、高尾での暮らし

2017年の創業以来、「高尾山のふもとの町のローカルビール」を掲げ、クラフトビールを醸造、販売している「高尾ビール」の池田周平さん。高尾駅から15分ほどの「恩方(おんがた)」という地域に小さな醸造所を構え、そこで造った生ビールを高尾駅北口駅前に設けたタップルームで提供しています。

 

造ったビールは近所の酒屋さんにも卸し、地元でのセールスは95%。高尾エリアに密着して精力的に活動している池田さんですが、「高尾ビール」を立ち上げる前は、新宿区に住み港区のデザイン会社で働く、都市型のライフスタイルでした。当時は根っからのインドア派でしたが、登山好きの奥さまと出会い、アウトドアに開眼。「もっと遠くの山へ行きたい」と移住を考えるようになったそうです。

 

「仕事が休みの週末を使って登山に出かけていましたが、都心から出発すると、行ける範囲が限られてしまう。でも山の近くに引っ越せば、そのぶん移動時間を短縮できて、これまで到達できなかったエリアにも行けるようになると思って」

 

仕事場である醸造所には、山の本やアートがずらり。

 

登山への熱量が高くなるにつれ、都心部に住んでいる意味は薄まり、「会社の近くに住むのではなく、山に近い地域から通勤すればいい」と移住を考えるように。これは夫婦揃っての考えでした。

 

「当時は長野の山に行きたかったので、山梨の小淵沢、韮崎、勝沼などを移住先候補にしていました。でも、そこまで離れるとさすがに都内への通勤は現実的じゃなかった。その段階ではまだ会社員を辞めるつもりはなかったので、長野の山に行きやすく、都内にも出やすく、かつ自然があふれる場所として、高尾が最終的な移住先候補になりました」

 

大学の先輩と高尾山に登ったときの一枚。高尾に移住してからたくさんの友人が池田さんのご自宅に遊びに来ているそうで、その度に高尾周辺の山を一緒に楽しんでいるんだとか。

 

奥多摩エリアの山は登り尽くしていたものの、意外にも高尾山へは中腹にあるビアガーデンに行ったことがあるくらいだったそう。

 

「高尾山でどんな遊びができるか調べてみたら、ナイトハイクを楽しんでいる人がいることを知りました。そこで、土曜日の夕方におつまみとお酒を持って都内を出発。日没後に高尾山に登って、山頂でランタンを灯しながら飲み食いをして終電前に帰る、ということにチャレンジして。高尾山の周りにもたくさんの登山道があっておもしろそうだし、高尾に住めばもっといろいろ遊べるな、と確信し、移住を決めました」

 

都会に住んでいた頃、憧れを抱いていた「朝、山を歩いてから出勤する」というライフスタイルも、高尾エリアへの移住によって実現。30分だけのんびり歩く日もあれば、2時間かけて山道をジョギングすることもあり、日常のちょっとしたスキマを使って、自然と触れ合うことを叶えたといいます。

 

 

きっかけは「まちに人がいない寂しさ」。都会のビジネスマンから、山麓のビール醸造家に

2015年、都会の喧騒から離れ、住まいを高尾エリアに移したことが契機となり、15年続けた会社員生活にピリオドを打った池田さん。そして2017年に高尾ビールを創業。その背景にはどのような想いがあったのでしょうか。

 

「いざ高尾に住んでみたら、『高尾山』には人がたくさんいても、山を下りてまちに出ると飲食店が少なく、人が滞留していないことに気がつきました。アメリカのマウントフッドやアラスカの山々など、登山口があるまちには必ずといっていいほどビールを造る醸造所があって、その横にはビール飲めるブリューパブ(醸造所が併設されたビアスタンド)が併設されています。そこでは地元の人、観光の人、山に登ってきた人が入り混じって、ビールを飲みながら会話を楽しんでいるんです。僕は海外登山を楽しむなかでそういうカルチャーを見ていたので、高尾山に登ってふもとで飲めたらいいよな、なんでないんだろう? と不思議に思っていました」

 

醸造所で話す池田さん。もともとビールを飲むのが大好きで、市販のキットを買って趣味の範囲でクラフトビールを造っていたそう(国内ではアルコール1%以上のビール醸造は酒類製造免許が必要です)。

 

移住当初は醸造家になるつもりはなく、都内の会社に通勤していた池田さん。「きっと誰かがそういう場所をつくるだろう」と期待して2年、その兆しがなく「ならば自分がやろう」と一念発起。その決意の裏には、「自分が住むと決めたまちだからこそ、盛り下がってしまうのはやっぱり悲しい」という想いもあったそう。

 

まずは醸造所経営を学ぶため、会社勤めをしながら1年間アメリカのポートランド州立大学のオンライン授業を受講。のちに酒造免許を取得し、2017年、高尾ビール株式会社を設立。高尾エリアに住んで目の当たりにした「人の滞留がなくて寂しい」という想いが、山とビールをこよなく愛する池田さんを突き動かしました。

 

ビールに欠かせないホップは地場産。ほかにも、八王子で収穫されたパッションフルーツや高倉ダイコンなど季節折々の農産物を活かしています。なかには、お隣・山梨県のシャインマスカットや桃のシリーズも。

 

 

そして、高尾エリアで実現した自然と寄り添う暮らしは、生活の質だけでなく「高尾ビール」の概念をも醸成していきます。

 

「麦やホップは、畑でつくるもの。だから、言ってしまえばビールは畑からできているんです。醸造所がある『恩方』という地域は、畑があって、生産者との距離がとても近いところ。ビール造りは、生産者の方々がいてくれての加工業なので、農家さんを大事にしたいと強く想うようになったのは、やはりこのまちに住んだことが大きいと思います」

 

 

いまは使用する麦とホップの大半を輸入品に頼らざるを得ませんが、少しずつ地域での栽培を増やし、地場の使用比率を上げていくべく画策中。まずは池田さんがホップの苗を作って、興味のある農家さんに配布。その苗を農家さんの畑で麦に育ててもらい、きちんとした対価を支払って買い取り、ビールの原料にしているそう。

 

また、池田さんが地域密着型にこだわるのは「ビールは地元で飲まれるべき」との想いも強くあります。

 

「ビールはフレッシュな状態、いわゆる酵母が残っていて、適切に管理された形で飲むのがビール本来の姿だと思っていて。今、日本だと大手4社が大きな工場で造ったビールを流通にのせて各家庭で飲めるようになっていますが、流通性をよくするために、製造の過程で酵母を除去しています。酵母が残っていると温度が20度台に上がったときに再発酵して質が変わっていってしまうからです。再発酵させないためには冷蔵での輸送が前提になりますが、大手は膨大な数を生産しており、すべて冷蔵で輸送するのは困難なので、常温輸送するために酵母を抜いている背景があります。もちろん、そのおかげで全国どこでも一定の品質のビールが飲めるわけなのですが、酵母を抜いている分、雑味が抜けてしまうので面白みがなかったり、画一的だったり……

 

このように酵母を残す製法をとることも、高尾町でビールを造る意義のひとつ。こうした池田さんの熱意と取り組みは、まちの未来をよりよくする一端を担っていくに違いありません。

 

 

「高尾山」だけじゃない、高尾エリアを堪能する過ごし方

移住して8年。このエリアで暮らし、遊び尽くしてきた池田さんが推す高尾での過ごし方は、「豊かな自然」と「静けさを味わう」プラン。賑やかな高尾山もいいけれど、じつは人混みを避けて悠々と楽しめるスポットもあるんです。

 

プラン1|【低山ハイキング×ビール】

高尾駅南口〜初沢山(標高294m)〜草戸山(標高364m)〜高尾駅南口 所要時間:およそ4時間

 

 

 

 

「高尾山には年間300万人が訪れるので、混雑していて気持ちよく歩けないこともあります。でも、じつはその周辺にも山歩きのコースはたくさんあって、静かなハイキングを満喫できます。なかでもおすすめしたいのは、高尾駅南口から歩いて30分くらいで登れる初沢山。その先の草戸山まで足を伸ばすのもいいですよ」

 

「高尾天神社」にある菅原道真像の裏手の眺め。初沢山の登山口へは、高尾駅南口から「高尾天神社」を目指し、神社内から山道に入ることができます。

 

「初沢山は、小さいお子さん連れのファミリーも来るくらい気軽に登れる山。僕も4歳の娘と朝の散歩でよく登ります。山頂でゆっくり休憩しながら遊んで、おやつを食べて帰るという、僕たちにとって裏山的な存在です」

 

標高294mの初沢山へは、高尾駅南口から歩いて30分ほど。市街地にありながらもあたりは緑豊かな木々に覆われ、晴れている日は木漏れ日を浴びながら歩くことができます。

 

登山道は整備され、比較的歩きやすくなっています。

 

 

山頂にはベンチがあり、ひと息つくのにぴったり。

 

「これだけじゃ物足りない方は、草戸山までチャレンジするのもおすすめです。初沢山の山頂から紅葉台という住宅地に下り、車道を歩いてまた登山道に入ります。高尾ビールを背負っていって、トレイル上にあるベンチで飲むのもいいですよ。高尾ビールのコンセプトは『山』なので、自然とビールと合わせた体験をしてもらえたら

 

高尾ビールは「登山道のベンチに座って飲んでみたいビール」として、「Trail Bench」と銘打った種類を展開しています。そのシリーズの第一弾が、草戸山山頂手前の峠にあるベンチ。このベンチに腰掛けると、ラベルの風景のように目前に高尾山の姿が拝めるそう。世界一の山を眺められる穴場スポットです。

 

時期によって仕込む銘柄が変わるため「Trail Bench」に出会えるかは運次第。

 

山歩きに不慣れな方は、ビールは下山後のお楽しみにとっておきましょう。高尾駅北口にあるタップルームか、北口徒歩5分の酒屋「金子商店」で高尾ビールを購入できます。タイミングがよければ、高尾駅南口駅前の「京王ストア高尾店」でも手に入るそう。

 

ハイキングを楽しみ、フレッシュな高尾ビールで喉の乾きを潤す……きっと心身がととのう体験になるでしょう。

 

 

プラン2|【サイクリングロード×御陵参拝×カフェ】

高尾駅北口〜浅川サイクリングロード散策(横山橋で折り返し)〜武臓野陵参拝〜「My Home // Coffee, Bakes, Beer」〜高尾駅北口 所要時間:およそ1時間


ハイキングはハードルが高いという方には、こんなプランもおすすめ。

 

「高尾駅北口のすぐ近くに南浅川という川が流れていて、川沿いがサイクリングロードになっています。この道は八王子の市街地に続いているんですが、空が広くて、とても気持ちいい場所。信号がないので、散策やジョギングにちょうどいいんです。歩いたあとは、昭和天皇のお墓がある『武蔵野陵』に立ち寄ってクールダウンするのもいいですよ。荘厳さのある場所で、背筋がピンと伸びます」

 

サイクリングロードの起点は「町田街道入口」の交差点裏にあります。川の水の透明度にきっと驚くはず。

 

体を動かしたあとは、美味しいスイーツとコーヒーでほっとひと息。「武蔵野陵」から高尾駅方面に向かって8分ほど歩いたところにあるカフェ「My Home // Coffee, Bakes, Beer」では、スペシャルティコーヒーと手作りの焼き菓子、クラフトビールをいただくことができます。カフェを営むご夫婦もまた、都心部から高尾に住まいと仕事を移してきたそうです。

 

焼き菓子は日替わりで、旬のフルーツを使ったケーキや定番のチーズケーキなどをいただけます。

 

気持ちのいいサイクリングロードを歩き、「武蔵野陵」で凛とした空気を味わい、締めは美味しいスイーツとドリンク。もちろん「My Home // Coffee, Bakes, Beer」でも高尾ビールを飲むことができるので、運動した後のご褒美の一杯にしてもいいかもしれません。

 

 

高尾エリアをシームレスにしていきたい

高尾山をはじめ、そうした高尾町のローカルスポットを巡ったあとは、「夜と朝も高尾で過ごしてみてほしい」と池田さんは提案します。

 

「高尾山は登山者数が世界一の山であるものの、そのうち95%くらいが登山口〜山頂の限られたエリアに訪れ、帰ってしまいます。でも、せっかく山に来て自然に触れ合ったのなら、その余韻をふもとのまちで味わってほしくて。ご飯を食べて、ビールを飲んで、宿に泊まって、朝は温泉に浸かってゆっくり過ごす。高尾山口駅の隣にある『極楽湯』は朝8時からやっていて、早朝は静かでリラックスできます。そのすぐ近くには『タカオネ』という宿泊施設もありますし、高尾駅前にも『きくやホテル』というアットホームな宿があるので、泊まってゆっくり過ごすことができるんです。山を下りてすぐに都会に帰ってしまうのはもったいない」

 

2019年には友人と「TAKAO BOOKS」を立ち上げ、高尾のまちをテーマにした小冊子「たかお」を創刊。住民からみた高尾のディープな側面を紹介しています。

 

高尾山をはじめとする高尾エリアの山々は駅からほど近いところにあり、電車を下りてからのアクセスが抜群。そのため「本来、高尾は山とまちのグラデーションを楽しめるはずの場所」と池田さん。しかし、駅から離れると飲食店が少ないことなどから、ハイカーや観光客に高尾エリアをシームレスに行き来してもらうには、「魅力的な飲食店や立ち寄りスポットを高尾山の入口の高尾山口駅周辺のみならず、もっと点在させて周知していく必要がある」とも。その取り組みのひとつとして、2024年春、高尾ビールは新たな拠点を作ります。

 

「高尾駅南口にある5階建てのビルが改装され、高尾エリアに住む人と高尾エリアに興味を持つ商う人や、商う人同士が交流できる施設に生まれ変わるんです。その2階に、高尾ビールの醸造所兼タップルームを出店します。とくに南口は登山者があまり立ち寄らないエリアなので、多くの人を呼び込ん、高尾で開業した人同士のコミュニティを創り、育む事ができたら」

 

高尾駅北口の目の前にあるタップルームの様子。移転先ではフロアが2倍広くなり、できたての生ビールと一緒に食事も提供します。

 

都心から1時間ほどで気楽に行ける、自然多きまち「高尾」。今度の休日、ぜひ足を運んでみてはいかがでしょうか。心がととのう体験と、フレッシュで美味しいビールが待っていますよ。

 

取材協力:高尾ビールMy Home // Coffee, Bakes, Beer

TextRie Yamahata
PhotoHao Moda

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