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福生の「The TINY INN」と「DELTA EAST」で考える、 ローカルと外をつなぐ場づくりの極意

東京都の多摩地域西部、都心部から40kmのあたりに位置する福生市。人口はおよそ6万人、横田基地で知られるこの街は多摩川や玉川上水に近く、少し足を延ばせば奥多摩や檜原村、さらには高尾山や御岳山が広がります。大方が抱く福生のイメージは、アメリカにいるかのような雰囲気を味わえる風景かもしれませんが、都会すぎず、田舎すぎず、自然にも近く便利で暮らしやすいベッドタウンという側面ももっています。そんな福生市に2020年初頭、ユニークな宿泊施設がオープンしました。ベッドルームと小さなバスルームからなるタイニーハウスを宿泊施設として整備した、「The TINY INN」がそれ。タイニーハウスは大量生産・消費社会へのカウンターとしてアメリカで生まれたムーブメントですが、この施設はその根底にある考えとスタイルを取り入れ、就寝するための最小限の空間を提供しています。街全体を宿のコンテンツとして捉え、福生の街を自由にめぐって食べたり飲んだり語り合ったり、素敵な出会いや発見を楽しんでくださいね――そんなコンセプトの宿泊施設です。

 

タイニーハウスを宿泊施設として提供する「The TINY INN 」。

 

 

「The TINY INN」の客室内は、セミダブルベッド1台とバスルームだけのミニマルな空間になっています。

 

「The TINY INN」を運営するのは、福生を中心とする全国で、独自のまちづくりや地域ブランディングなどを手掛ける、NPO法人「FLAG」。”地域資源を生かしたまちづくり”や企業や個人を超えた「公」の視点をもとに運営しています。同NPO法人の副理事を務める佐藤竜馬さんに、福生における「The TINY INN」の意義についてお話を伺いました。

 

「『The TINY INN』は1日1組限定の宿泊施設ですから、宿泊者数としてのインパクトはそれほど大きくないかもしれません。けれども、施設が街に及ぼした効果は実際の宿泊者数より大きいと感じています。タイニーハウスやそれにまつわるカルチャーに興味を抱くクリエイター、スモールビジネスの担い手、地方でソーシャルデザインに携わる人々など、ここができたことで、アメカジやアメリカの文化を好む人々とは全く違う層が福生に足を運んでくれるようになりましたから」
宿泊施設ができたことで福生に滞在する時間は長くなります。ここで一夜を過ごすことで、ローカルのおもしろい人と出会ったり、昼とは違う景色や魅力が見えてきたり。出会いと発見の可能性がぐんと広がっているといえるでしょう。その「The TINY INN」の前に広がるのは、フードトラックが並ぶ広場「DELTA EAST」。地元発信ならではのユニークな情報に触れられるこちらは、宿のコンシェルジュ的存在。スケートボード用のボウルプールを設えた施設では、個性豊かなフードベンダーたちがニューヨークスタイルのピザ、フレンチフライとタコス、チキンウィング、ドーナッツとスペシャルティコーヒー、クラフトビールなどを提供しています。興味深いのは、佐藤さんをはじめとする各ベンダーたちが、自身の敷地のみならず周辺の道路を掃除したり雑草を抜いたり、エリア周辺の価値を上げるための地域活動を行っていること。

 

企画・運営を担うNPO法人「FLAG」副理事の佐藤竜馬さん。

 

 

「『DELTA EAST』のある土地はもともと、地元の建築会社の資材置き場でした。人の気配がなく、街灯もないので夜は真っ暗。夜間、独りで歩くことがはばかられるような一角でした。僕たち民間の企業や団体がその土地に可能性を感じて資金を投入し、公園として整備して宿泊や商業的な機能をもたせることで、近隣住民はもとより県外からも人が集まるサードプレイスとして蘇らせたのです」
ここに来れば、福生の新しい人やモノに出会える。おもしろい情報に触れられる。人をわくわくさせる「The TINY INN」と「DELTA EAST」は、いつしかローカルと外部の人をつなぐ地域のハブとなり、現在は年間約5万人が来場しています。

 

 

地域のフードベンダーたちが出店するフードトラックエリア、「DELTA EAST」。

 

こちらではニューヨークスタイルのピザやクラフトビールを楽しめます。

 

ポートランドが教えてくれた、新しい価値が息づくまちづくり

キーパーソンである佐藤さんは福生の出身です。両親はアートディレクター&作家で、若い頃、コピーライターの友人とともにこの街のアメリカンハウスで共同生活を送っていました。‘70年代、当時のアメリカの社会にムーブメントを巻き起こしていたカウンターカルチャー(社会の主流を成す制度や行動規範に対して、反発する価値を掲げる文化のこと)に影響を受けた音楽家や映画人、絵描き、作家といったクリエイティブなアウトサイダーたちが福生に集まり、独自のシーンを築いていたといいます。
「父から当時のエピソードを聞かされて育ちましたが、若かったせいか自分の地元を田舎だと感じてしまい、あまり好きになれませんでした。大人になって都心の広告代理店でクリエイティブディレクターとして働くようになりましたが、そのときには福生を思い出すこともなかった。そんな僕がこの街におけるまちづくりの可能性を再認識するようになったのは、数年前に出かけたアメリカ西海岸ポートランドがきっかけでした」

 

佐藤さんが撮影したポートランドの風景。街中を走るのは、ブルワリーツアーを楽しむためのビール自転車です。この街ならではの観光コンテンツには、自転車とエコを愛するポートランドの地域性が表れているようです。

 

ポートランドでは、ヒッピーカルチャーに影響を受けた世代の次のジェネレーションによる、自由かつ自立した生き方や働き方、小規模なものづくり、文化、ビジネス、コミュニティが花開いていました。これまでのビジネスにおける枠組みや、社会のメインストリームにある金儲け主義的カルチャーとは違う新しい価値観が主導するうねりに触れたことは、佐藤さんにたくさんの気づきをもたらしたようです。

 

ポートランドで得られたさまざまなインスピレーション――インディペンデントに生きることや地方都市における先鋭的なまちづくり、ローカルを大切にするコミュニティの可能性、メインストリームが見向きもしなかった地方都市に新しい価値を与えること――を、福生でなら実現できそうだと佐藤さんは感じました。なぜなら、福生にはポートランド同様、佐藤さんの親世代が醸成した文化の下地があるからです。
「’70年代当時、カウンターカルチャーの担い手たちが築いた最高にカッコいい世界観は時の流れとともに古臭いものになってしまいましたが、それらの価値観の一部を受け継ぎながら現代的なカルチャーへとアップデートして、ポートランドを手本にしたまちづくりを行うことはできるはず。地方都市の価値をあげるためにも、街や住民に還元するという視点でこのようなまちづくりにチャレンジしてみたい。いつしかそう思うようになりました」
そしてそのチャレンジは、佐藤さんにとって広告を作ってお金を得るよりもずっとやりがいを感じさせるものだったのです。

 

福生ならではのアメリカンハウスを利用したNPO法人「FLAG」のオフィス。

 

 

民間と自治体、ストリートとパブリックを橋渡し

従来のまちづくりや都市計画といえば、大きなビルを建て、商業施設として店子を呼び込み……というスタイルが一般的でしたが、「FLAG」が目指すのはそれではありません。
「『DELTA EAST』は僕たちが仲間とともに行った、個人的な社会実験でした。アウトサイダー的な魅力を備える福生に対する『アメリカンな街』というイメージを払拭し、『ほしいものが見つからなかったら自分で作る』というDIYの精神と自分たちのスタイルを貫ける規模感を大切に、街の使い方をアップデートしてみました。そうしたら自分たちの世界観やメッセージをストレートに表現でき、地元の方にも共感いただけたように思います」

 

「FLAG」が運営する、ピザトラック「DOSUKOI PIZZA」。

 

 

こうした地域での活動やまちづくりをきっかけに、現在は全国各地でまちづくりや地域ブランディングなどを担うようになりました。大切にしているのは「それぞれの地域の個性を引き出す」という視点です。また、行政と取り組んできた数々の経験から、「民間と行政を橋渡しする」という役割も積極的に担っています。新たにビジネスを始めようという若い世代は熱意をもっているけれど、個人でできることには限界がある。一方、大きなプロジェクトを進められる体力をもつ行政や大きな企業は、合意形成に多大なプロセスを必要とするため、イノベーションが生まれにくいという課題があります。「それぞれのメリット、デメリットを理解して、僕たちも勉強しなくてはいけません」と佐藤さんは言います。
「僕は、ストリートでスケートボードする子らとも、公的な立場のクライアントの方々とも、分け隔てなくお仕事させていただくことを大切にしています。民間でありながら、公益性のある事業を全国で展開することに大きな意義を感じているからです。スーパーエクスクルーシブ(行政)とスーパーストリート(小規模事業者)をシームレスに行き来し、橋渡しをする。地域コミュニティにはどちらの存在も必要ですから」

 

「DOSUKOI PIZZA」にてスタッフと談笑する佐藤さん。

 

 

今後は不動産投資や資金調達なども担い、マイクロ・デベロッパーや地域プロデューサーの立場でまちづくりに関わっていく、と佐藤さん。新しいアイデアをもつ若い世代に投資して、地域貢献できるイノベーションをどんどん生み出していきたいと考えています。でも、目指すゴールは変わりません。その街が少しだけ変わることで、そこに関わる人たちが『好き』を仕事にできたり、共感する仲間や居場所を見つけられたり、あるいは自分の原点に立ち戻れたり。街にいる一人ひとりの個性やライフスタイルが、その街の魅力となっていく。そんな街のムーブメントこそが、地域の価値を高める新たな原動力となっていくのでしょう。

 

Text:Ryoko Kuraishi
Photo:Hao Moda

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